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[テーマ8] のびゆく明石

明治維新を境に新しい時代のうねりが押し寄せてきました。1871年の廃藩置県で明石藩は明石県となりましたが、1876年には兵庫県に編入されました。
寺子屋が学校に、着物が洋服にと生活様式が移り変わり、新しい産業も誕生し、近代都市へと踏み出しました。

明石市は1919年11月1日に市制を施行し、その後1942年には林崎村と合併しました。

1945年には太平洋戦争で明石市も6回にわたり空襲を受け、市街の6割を消失しました。
戦後の復興期を経て、1951年には明石郡大久保町・魚住村・加古郡二見町と合併し、ほぼ現在の市域となりました。

1960年代から始まった高度経済成長は、都市圏への人口集中という都市化現象をもたらし、阪神圏に近い明石市にも都市化の波が押し寄せ、明石市は新しい町づくりに取り組むことになりました。

明石市の誕生

明石郡明石町は1919年(大正8)11月1日に兵庫県で4番目の市として誕生しました。

市制施行は明治時代からの夢でもあり、市制施行を祝う諸行事として旗行列・連合大運動会・提灯行列などが全市でにぎやかにくりひろげられました。
当時の明石市の規模は、面積7.74km2、人口32,282人でした。

翌年1月には、市制施行に伴う第1回の市議会議員選挙が行われましたが、当時は制限選挙制で市税の納税額によって有権者が区分されていました。1921年(大正10)には明石市章が制定されました。

市章は、明石町徽章として制定されていたものを引き継いだもので、「明」の字を図案化したものです。

明治

大正

昭和

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